メンタルヘルス対策の世界的な潮流

新型コロナウィルスの大流行によって、世界各地において、職場におけるメンタルヘルスの重要性が前例のないほどクローズアップされました。多くの国、地域でハラスメントを始めとしたメンタルヘルス対策が進展しており、雇用主は従業員との関係性を見直す必要性に迫られています。世界各地で操業する企業は、全従業員の健康と安全を保護せずにサステナブルな会社と認識されることはありません。本稿では、欧州、オーストラリア、米国におけるメンタルヘルス対策の動向をお伝えします。

 

by Hiromi Tasaki

欧州のアプローチ

欧州委員会は2023年6月にメンタルヘルスへの包括的なアプローチに関するコミュニケーションを承認し、その中で中期的な心理社会的リスクに関するEUレベルの取り組みを提示する意向を発表しました。加盟国レベルでも職場におけるメンタルヘルスと心理社会的リスクに対処するため、ガイドラインなどを公表する国が増えています。

例えば、ベルギーは、企業が職場での心理社会的リスクを評価するために自主的に使用できるアンケートを提供しています。デンマークでは、企業は従業員が高い感情的要求にさらされている場合、例えば顧客と常に接している場合など、を特定し、従業員の安全と健康に対するリスクを効果的に防止する方法を検討するための指針を公表しました。この指針には、労働時間中の人との接触時間などに言及しています。

また、つながらない権利に関しては、2021年に欧州議会がすでに欧州委員会にEUの全労働者につながらない権利を与える提案を行うよう求めていました。これまでのところ、欧州委員会は草案文書を発表していませんが、一部の加盟国ではこの点でいくつか重要な前進が見られます。例えば、ルクセンブルグは、2023年6月に雇用主に対し、労働時間外は労働者につながらない権利を保証する制度を策定することを義務づける新しい法律を採択しました。また、ブルガリアは、2023年9月に、リモートで働く従業員につながらない権利を導入する法案を発表しました。これは、従業員が規定の休憩時間中や労働時間外に雇用者との通信を完全に遮断することができるようにするものです。さらに、チェコでは、2023年10月1日以降、遠隔地の労働者を雇用する企業が書面によるテレワーク契約を締結し、テレワークの場所が通常の職場の安全衛生要件に準拠するよう労働法を改正しました。

米国のストレス軽減対策

米国では、EUにあるようなつながらない権利に関する規制があるわけではありませんが、労働者のメンタルヘルスと福祉向上の対応に役立つと考えられる、労働時間や作業負荷の低減に関する法案が提出されています。連邦レベルでは、標準的な週労働時間を週40時間から週32時間に削減する法案がありましたが、この法案はその後廃案となりました。一方、州レベルでは、マサチューセッツ州が、週4日勤務の試験的プログラムを策定する法案を提案しています。連邦法案は可決されませんでしたが、マサチューセッツ州の法案はまだ否決されていません。このような動きは、米国で、作業負荷と労働時間の見直しが始まっていることを示しています。

また、ニューヨーク州では、倉庫業に従事する企業に、従業員に割り当てを提供することを義務づける州の規則や法案が出されています。従業員が休憩、食事、トイレに行く時間を確保できるよう、割当量を設定するというものです。また休憩を取った従業員を罰することは禁止されます。その他雇用主には、従業員の作業速度データの記録を保管することなどが義務付けられます。同様の法案がワシントン州、アラスカ州、コネチカット州でも提出されています。

オーストラリアのガイドライン

オーストラリアでは、家庭内における暴力やハラスメントは従業員の安全衛生に係る問題であると明確にした画期的なガイドラインが2023年3月に公表されました。「職場における家庭内暴力とドメスティックバイオレンス」に関するガイダンスは、家庭内で受ける身体的、精神的暴力が従業員の労働の質を左右するという認識から開発されました。オーストラリアの労働安全衛生法では、雇用主の義務として、「労働者の健康と安全にリスクを及ぼさない作業環境を提供および維持する」ことが規定されています。そして、本ガイダンスでは「職場とは、在宅勤務の場合も含め、会社のビジネスのために作業が行われる場所を意味する」と職場の定義を明確にしています。つまり、雇用主はテレワークをする従業員が身体的、精神的暴力に晒されるのを防止する対策を取らなければなりません。テレワークが進展した昨今、雇用者にとって自宅で働く従業員の安全衛生リスク管理の重要性がますます高まっていると言えます。

日本企業への影響

最近の労働者の安全衛生関する傾向として1つはっきりしているのは、時代は変化しており、世界中の企業が新しい健康と安全リスクつまり、物理的リスクだけでなくメンタルヘルスリスクなどがますます重視されるようになってきているということです。企業は、従業員のメンタルヘルスを考慮して労働条件を適合させなければならなくなってきています。ただし、主な焦点と保護のレベルは国・地域によって異なります。また、従業員の保護に当たっては、その国の社会文化や歴史を考慮しなければなりません。事業のある国・地域における継続的な法制度の継続的なモニタリングと規制の変化への対応準備が求められます。